聖夜狂想曲

      *YUN様、砂幻様のところで連載されておいでの
       789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 これが都心の繁華街なぞであったなら、サラリーマンではさすがに丸々休みという訳にも行かないが、それでも仕事納め直前の週末、しかもクリスマス・イブと来て。恋多きお人であるならば、クリスマス寒波に足元から冷やされての震え上がりつつも、宵の予定を指折り数えちゃあ、気もそぞろになるところ。街角にはイルミネーションが瞬き、赤や緑のリボンにモール、金の鐘やらポインセチアやらに飾られた、見上げんばかりのツリーの周縁では。待ち人の姿をキョロキョロ探したり、携帯へメールを打ち込むのに忙しかったりする、ダウンやコート姿の男女がそわそわと落ち着かなかったり…もするのだろうけれど。そういった俗世間からは隔絶されてる観さえある、こちら奥箱根という別天地では。長閑なまでにしっとりと落ち着いた空間、柔らかな冬の陽が大きな窓からふんだんにそそぐ割烹旅館の広々とした湯船で。いづれが小町か弁天か、しなやか伸びやかな若々しい肢体を、立ちのぼる湯気に白くけぶらせ。仲良しこよしの無邪気な少女ら、その柔軟な手足をゆったりと伸ばしておいで。女子高生という微妙なお年頃の、感じやすいお胸へと抱えたかあいらしい鬱屈は、美人を育む湯でも太刀打ちし切れなんだか、心の奥底にその輪郭がコツリと居残ったままではあるけれど。そんなの何でもないって笑えちゃう、一緒に笑ってくれるお友達がいるもん、大丈夫。

 「あ〜〜〜、暑っつい。」
 「温泉って芯から温もるよねぇ。」

 いくら肌にいいとはいえ、そんなに長々浸かってもおれぬ。山ほどの泡を立てちゃあ流すのも、他のお客には迷惑かも知れぬ。念入りなボディケアは、部屋にあった内湯で補やいいかと簡単に切り上げ、品のいい籐の安楽椅子や床几の置かれた脱衣場へと上がって来た三人娘。湯のせいで招かれた汗はさらさらと心地のいいものだが、すぐには着替えをまとえないのが難点で。若い肌からはするするとすべり落ちて留まらぬ水滴ではあれ、それでもぱふりぱふりとバスタオルで押さえて。適度に暖房がかかっていて心地いい中、スリップやキャミソールを手早くまとう。

 「ああ、ほら、キュウゾウ。」

 頬や額といった髪の生え際を、まだ湿らせての後れ毛を張りつけてるのに気がついて。何をどうせよと言うより早いからか、相手の肌目へ白い手伏せて、くいと掻き上げてやりながら、ハンドタオルでぱふぱふと拭いてやる。寡黙で冷静なその上、繊細そうな見栄えをしておりながら、なのに やることなすこと案外と大雑把な久蔵なものだから。本人が構わぬ肌やら髪やら、目端の利く七郎次がちゃっちゃと手をかけるのもまた いつものことで。手際がいいのと それから、やさしい彼女に世話されるのは何とも心地がいいものだから。久蔵の側でも煙たがることはなく、むしろ堂々と甘やかされておいででもあり。

 “だから余計に、
  勘兵衛さんっていう強敵が現れたの、面白くないんだったりして?”

 実は実は前世での因縁よりも…むしろ今世の相関において。七郎次との間柄を巡って 目の上のタンコブみたいに思えている相手だからと、勘兵衛さんが気に入らない久蔵なのかもしれないねと。微妙な苦笑を頬に張りつけた平八が、旅行のためにと下ろしたばかりのおニュウのキャミと、お揃いのアンサンブルになってるフレアパンツをてきぱき身につければ、

 「あ、ヘイさん、それかわいいvv」
 「でしょうvv パティパティの新作ですよ?」
 「え、そうなんだ。ヘイさんて情報が早いなぁ。」
 「そうですか?
  キュウゾウの方がよっぽど、最先端いってますけどねぇ。」

 ほら、今着ているキャミソールだって、M&Aのニューヨーク限定ですもの。え〜っ、そうなの、久蔵? ……? …。(頷) バレエの海外公演から戻られた先輩方が、お土産にってわざわざ送って来て下さるとか。

 「…まさか、
  着てみたところを写メに撮って送って…なんて、
  言われてないでしょね。」

 冗談半分、それでも目許をわざとらしく眇めつつ七郎次が訊けば、

 「………。」
 「なんでしょうか、この“間”は。」
 「つか、今のって“間”なんですか?」

 久蔵の無表情がそこまで読めるなんて、兵庫さん並みですね、最近のシチさん。何言ってますか、こんなかあいいお顔の微妙な変化くらい…、

  「…何なに?」
  「だからあそこにいる…。」
  「ちょっと、ヤダ。
   あれって望遠レンズ付いてる新型携帯じゃあ…。」

 読み取れなくてどうしますかと続くはずだった七郎次の台詞に、穏やかならぬざわめきがさわさわとかぶさった。脱衣場はまださほどには込み合ってないのだが、だからこそ 一言一句の輪郭もくっきりしたままはっきりと聞こえたようなもの。彼女らがいる位置からは少しほど離れたところで、これから入るのだろ、女子大生くらいの数人がロングストールだのボレロだのを脱ぎ始めていたらしいのだが。その手が止まったままになり、視線は窓のほうを向いていて。そちら側には、露天風呂へと出てゆけるよう、ガラス引き戸になってる一角があるようで。先に入ってる人がいるのかなと、服を着たまま扉を薄目に開けた一人が、急にそのテンションを落としてしまい、今の会話を交わした模様。

 「?」
 「??」

 こちらはさっきまで湯殿にいた三人娘が顔を見合わせたのは、貸し切りも同じほどがらんとしていた湯船から、表の露天風呂も庭園のようにして望めたからで。さすがに寒いからか人影はなかったはずなの思い出しておれば、

 「…っ、キャッ!」
 「何なに、あんたこっちはねぇっ!」

 がらっと勢いよく開いた引き戸から、誰ぞが踏み込んで来たのだが。それがまた、ぶかぶかで煤けたダウンジャケットにトレーナー、裾や膝がお洒落からじゃあなさそな傷みようや抜け方をした作業ズボンという、何ともくたびれ切ったいで立ちの、目許には闇色のサングラスをかけた…男性だったものだから。

 「堂々とした痴漢だな〜。」
 「ちょ…、ヘイさん。なに暢気なこと言ってんの。」

 何しろこちとら風呂上がりで着替えの途中。お互いのランジェリーのかわいさを褒め合ってた真っ最中という、素っ裸よりはマシながら…それでもそうそう見知らぬ殿御へ晒していい恰好じゃあない状態にあり。関心してないで何か羽織れと、口での叱咤をそそぎつつ、手のほうは…こちらさんも胡亂な侵入者のほうへと注意がいってるもう一人の肩へ、バスタオルを広げてかぶせにかかっていたのだが。

 「…っ。」

 そんな七郎次の手から、タオルが丸ごと籐莚(とうむしろ)を敷いた床へと落ちる。それが乗っかるはずだった対象が、直前で素晴らしい瞬発力を披露したからで、

 「キュウゾウっ?」

 え?と息を引いてからだった分の一拍遅れたせいで、相手へと伸ばした手もまた間に合わぬ。お顔をそちらに向けたままだった彼女が、果たして何へとそんな反応したのやら。女性専用となっていた脱衣場へこれ以上はなかろう不法侵入して来た男のいるほうへと勢いよくも駆けてった彼女であり。何でこの子が それと忘れてた頃合いに貧血起こすのかが長い間の謎だったほど、バレエだけじゃない、運動はたいがいを優秀な数値でこなせる身の久蔵。広いと言っても講堂ほどもあるわけでなし、飛ぶように駆けてったそのまま、あっと言う間に間近までその距離を詰めたものの、

 「…げっ。」

 実は向こうさんも、此処が女性更衣室だとは知らなかったようであり。…というか、素性や事情が判ってから判明したことながら、人がいたというだけで十分驚いた彼だったそうで。あたふた慌てて、入って来たそのまま後戻りをしてしまったものだから、にじり寄りかけていた久蔵にしてみれば、ほんの鼻先で取り逃がした格好になった。

 「キュウゾウっ。」

 相手は…どう贔屓目に見たってここへの宿泊客とは思えなんだ、素性の判らぬ乱入者。それへと食ってかかるなぞ、女の子が危険な真似はよしなさいと、制すつもりの七郎次の声をも振り切って。何とそのまま、同じ戸口から外へ、一気に飛び出した久蔵だったものだから、

 「な…っ。」

 連れのみならず、居合わせた女子大生たちもギョッとしたほど。もしも覗きや盗撮犯ならば、怖くて気持ちが悪い奴が相手、口惜しいがこっちはか弱い身だし、追うより見送るべきなのに。そりゃあ凄まじい加速で追ってったなんて、なんてまあ正義感の強いお転婆さんかと。月の女神の狩りの図を思わす凛々しさで、毅然と飛び出してった白い痩躯を、唖然としたまま見送るばかりのギャラリーだったが。

 “あの子はもうっ!”

 正義感の強い…という評は、実は半分ほど間違いで。日頃の彼女なら、そのくらいの要因でああまでの反射をご披露しはしない。そうまで激発しやすい子なら、も少し判りやすい子になってもいよう。何が彼女をそうさせたのか、単なる慌てん坊のそそっかしいミスでは済まされぬこと、見るか感じるかして拾ってしまった久蔵が。しなやかで長い御々脚踏み出しての駆けてったのを、こちらさんも暢気に見送るだけでは終わらなかった七郎次。落っことしたタオルを掴み上げるとそのまま彼女も駆け出した。


 「キュウゾウっ! 風邪引くから何か羽織ってっ!」


  ………………………もしもし?


 確かにまあ、スポーツブラとパンティの上へ、極薄のキャミソールとフレアパンツのみという薄着。しかも湯上がりの身で、裸足のまんま屋外へ飛び出すなんて、無謀にもほどがある行為ではあるが。それを叱咤したご本人もまた、白い腿へと何とかかかる丈のスリップをひるがえしてという超薄着で追っているのだから、人のことは言えないはしたなさ…じゃあなくって。彼女らが追う格好になってる乱入男は、自分が場違いな所へ踏み込んだことへ、あれほど素早く対処できただけあって、まだまだ若い男であるらしいのに。そんな相手を追うなんて、逆ギレされての掴みかかられでもしたらどうするのだ。まずはそこを案じるのが順番だろに、風邪を引くから何か着ろとは………、

 “まあ、シチさんもずんと動転しておいでなんでしょうが。”

 そんな風に叫んじゃったお気持ちも、まま判らんではないと断じつつ。後に居残っていた平八もまた、怖や怖やと大人しく震えているよなタマじゃあないから困ったもんで。ただ見送っていても何にもならぬ、とはいえ、彼女らが通う女子校で 一、二を争うほどの俊足の二人に今更追いつけるはずもない。ならばと脱衣場を見回すまでの切り替えに、要した時間は1秒もかからぬ機転の冴えよ。防水の化粧板で綺麗に内装されてる脱衣場だったが、じいと見回すとその一角にはあれがあった。本来ならばこんなところに作るべきじゃあないのだけれど、壁の一部をトンと押し込むと取っ手のない戸がかちゃりと浮いて、そこが清掃用具入れになっている。すぐ外が露天風呂だし、それに天然温泉の掛け流しとくれば、そうそう洗剤は使わない清掃を心掛けておいでのはずで。

 「…あったあった♪」

 素早く見回し、目的のリールをぐいと掴み出す手際のよさよ。何m巻きかは知らないが、リール台に巻き取られたホースの先には、水流を変えられるノズルがついており。重要だろうそんなところも、ろくすっぽ見ないまま。一番間近い洗面台の蛇口へと、装着するのにかかった時間も瞬きするほどのあっと言う間で。一体何が始まるものか、居合わせたのが幸か不幸かも判らぬまま、着々と展開される何かへの準備を、女子大生のお姉様がたが固唾を呑んで見守れば。こちらさんとて、先程 七郎次にかわいいと褒められた、アンサンブルのキャミ姿のまま。むんと両足踏ん張っての仁王立ちになり、手元には先の尖った型のホースノズルを構えて、さて。すうと大きく息吸い込むと、

  「……、キュウゾウっ、シチさんっ、左右へ避けてっっ。」

 中庭のような露天風呂の区画の中、その縁を飾ってた生け垣を踏み越え、目隠しの木立ち目指して逃げを打ってた不審者の。煤けて地味な風体には不自然な色合い、濃紫というダウンの背へと照準合わせ。そりゃあよく通るお声で、そんな一喝を放った平八だった。





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   *あれれ? まだ続くかな?


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